(第2次)セント・オールバーンズの戦い(Second Battle of St Albans)は、薔薇戦争中の1461年2月22日、セント・オールバンズの街の近くで行われた戦闘。
ヨーク公リチャードは1460年12月のウェイクフィールドの戦いで戦死し、後を継いだ18歳になる息子のマーチ公エドワード(後のエドワード4世)は、その直前に西で行われたモーティマーズ・クロスの戦いに参加していて忙しかった。となるとマーガレット王妃率いるランカスター派にとってとるべき道は明確である。ランカスター派はロンドンを強襲するため、南進を開始した。
ランカスター派の進軍は、ウォリック伯指揮下のヨーク派軍によってセント・オールバーンズの近くで妨げられた。ウォリックは防衛のための軍備・陣容を整えていたが、ランカスター派の思わぬ方向からの出現に驚き、打ち負かされた。
この戦勝によって、ヨーク派に捕らわれていた国王ヘンリー6世(戦場にいたといっても恐らく木の下で歌でも歌っていたのであろうが)はランカスター派に連れ戻された。だが、ロンドンへの進軍は強行されなかった。ランカスター派による略奪行為のうわさのためロンドン市民がその城門が閉ざしたようで、このため王妃は躊躇した。またマーチ公エドワードがモーティマーズ・クロスの戦いで勝利したニュースもその原因となった。
マーチ公エドワードとウォリック伯は3月2日にロンドンに入り、マーチ公エドワードがイングランド王として宣告された。
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